千葉県議会議員 つかさだ良治 つかさだ良治
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コラム・茎立(くくたち)
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コラム・茎立(くくたち)」

どこよりも早く春を迎える南房総。

菜の花は、千葉県の花として広く親しまれている。

一つ一つの花茎が高く手を広げ、花を支え立つ姿、やさしさの中にも

凛とした強さを感じさせる花である。


新年に食文化を考える
2007.1.11

 新年を迎え、誰もが念じることは、今年も家族全員が健康で事故もなく幸せな一年となるようにということであろう。
 どこの家庭でも、元旦の朝を迎え家族で「おめでとう」のあいさつを交わし、食卓にそろうおせち料理をいただきながら、喜びを分かち合う。

 我が家でも、必ず家に伝わる独特の雑煮をいただく。私も子どもたちも、これなしでは、お正月の料理はありえない。それは、少し塩のきいたぶりの魚、ハマグリをいれ、柚子・三つ葉をのせ、しょうゆ味のおつゆで、角餅を煮込んだ雑煮である。〔芸北・山陰に近い地方の三次市の一部〕最高の味であると思っている。鏡餅・お雑煮など、お正月ならではのものである。しかし、あまりその意味を考えたことは無い、おそらく、お正月の雑煮等の習慣がいつの間にか出来たのだろう。

 民俗学者である柳田國男は、『正月の食物からみた祖先の生活』(昭和9年)の中で、「餅は正月とは切れない深い関係があった。今では大部分の人はその意味を忘れて、めでたいから食べるくらいに考えているが、決してそんなことではなかったのである。……… まず考えなければならないのは、年の暮れに餅をついておきながら、元旦に雑煮を食べぬことにしている家が、日本各地に存外多いことである。」と。その理由は、「すなわち昔は、鏡餅をはじめとしていろいろ神に供えたものを、幾日かしてから全部おろし、いっしょに煮て雑煮をこしらえて食べたのである。……… 雑煮という簡単な言葉にも、こうした深い意味が含まれている。」と言っている。我々の祖先は、供えた鏡餅を神様がまず食べ、神の体になった食物を自ら食べることにより、一つになる。神との連係をつくる事を考えたのである。

 生活は、その歴史文化を離れては語れない、祖先の精神生活が今の正月の風習や行事の中にたくさん残っていることを知ることが出来きる。心と体は一体であることを改めて考える。健康であるために、食生活の基本を見直すことからこの一年の幸せを考えて生きたいと思う。


優しいこころとは
2006/10/30

最近、子どものいじめの問題が大きく取り上げられている。社会全体の問題で、大人の世界にもたくさんある、現代社会の病理といえる問題であろう。

いまや、一人ひとりに問われなければならない。当然、いじめは良くないと考えている。しかし、あらゆる社会の組織に属している限りその中での行動は、この課題と隣り合わせであり、自分もその中で当事者のひとりになっていることを知らなければならない。「いじめは悪である」という認識をしっかり持つべきである。

偉大な事業家であった松下幸之助さんは、常に「素直な心」という言葉を大切にしていた。正直に自分を見つめていく、向上心、日々の自分の改革を心がける人であった。素直な心の眼でみると、あらゆることが良く見える。素直な心を持つことは、相手を理解できる、相手を認めてあげられる、許してあげられる、やさしくできるのであろうか。

脳科学者の茂木健一郎さんは、「人間の脳にはもともと、他人にやさしくするという回路が組み込まれている。」という。そして、「他人の気持ちを理解するためには、広い意味での教養が必要になる。多くの知識を吸収したり、物事を深く考えたりすることで脳が活発化され、優しさの回路も活発に働く。『教養とは相手の心が分かることである』」と。

優しいこころは、たゆまない自己への挑戦の中で、素直に見る目を持ち、教養を身につける強い意思から、生まれるのかもしれない。


子どもにもらった一等賞
2006/09/16

秋晴れの中、秋季大運動会が地域の小学校で開催されました。小学6年生は、卒業を前にして最後の運動会となるため、演目に親子競技が行なわれるとのことでした。

我が家の6年生も、大会が近づくにつれ不安と期待が大きくなたに違いありません。私も普段から運動することもなく、子どもの前に恥ずかしい姿を見せるのが恐ろしく、2週間前から少し走りをはじめようと運動靴を玄関に備え準備したものの、振り返れば当日までやっと2日の走りが精一杯でした。

当日は、すばらしい天候に恵まれました。毎年参加しまが、小学校の運動会は地域上げての行事となり、お年よりも多く見受けられました。競技を見る中で、たくましくなった1年生、先生と共に役員をやりこなす5・6年生が頼もしく思えました。

いよいよ出場の番が来ました。子どもがスタート、背負った、走った。あせるな転ぶなと、こころで叫び。そして二人三脚、子どもの知恵で準備したソックスの紐、これが高を奏し。掛け声と共に、夢中で走りこみ、気がつくと、なんと一番。

これまでの学生時代、走りには弱く決して一番になれなかった私は、人生初めて、運動会での一等賞となりました。競技が終わり、別れる際の子どもの笑顔は、最高でした。

私は、誕生日一週間前にして、素晴らしいプレゼントを子どもからもらいました。

…………親ばかの報告となりました。…………


イチローを育てた人とは
2006/04/06

野球の世界ナンバー・ワンを決めるワールドベースボールクラシック(WBC)は、 野球ファンのみならず、多くの日本人に感動を与えた。なかでも、リードオフマンとしてチームを引っ張り、世界一に導く大活躍したのがイチロー選手であった。ニューヨークの地元新聞でも、「必要なときに長打を打ち、世界最高の打撃技術を誇る上に、ゲームで何をすべきかを分かっている選手」と絶賛したと聞いている。

イチローは、優勝後のインタビューで 「もう最高!信じられない。これまでの野球人生で味わったことのない気持ち。」といつもより興奮して答えていた。2004年10月、 大リーグで 84年ぶりに記録を塗り替えた時の試合後でも、「小さなことを多く重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道。というふうに思っています」と語った。

つまり、将来の夢をつなぐ架け橋は、自分の目の前の課題を根気よく積み重ねていくことであると言っている。イチローの活躍は、野球少年に大きな夢と希望を与えた。

人が何かに取り組むときの最大のモチベーションは、その仕事へのやりがいなのかもしれない。野球人生の中で、常に新たな目標に挑戦し、前進しつづけるイチローの姿を見て感じる。さらに、イチローのこの強さの秘訣は、彼を育てた父親、さらに指導者(故仰木監督)などの偉大な「コーチ」の存在があったことを忘れてはいけない。

今の教育に欠けるものは、自らのやる気を起こさせること、学習意欲である。教育現場には、そのための「コーチ」が必要なのかも知れない。アメリカの心理学者A・H・マズローは、子どもの持つ潜在的可能性をどう引き出してやるかが大事であるとして、「教育は、その人がなりうる最善のものとなり、その人が潜在的に深く宿している本質を、現実にあらわすのを助けるべきである。」と述べている。コーチイングとは、人間の可能性を信じて、それぞれの個性を尊重しながら信頼関係を築き、自立型人材へと育てていくコミュニケーション・スキルであると言われている。

「究極の一番打者イチロー」の活躍を見て、学習のベクトルを側面からサポートする役割の「コーチ」に注目し、対話型教育の必要性、コミュニケーションを通しての教育のあり方を問い直してみたいと思った。


平和への誓いを新たに
2005/08/06

戦後60年、原爆被爆から60年の8月6日を迎えた。改めて、「戦争のない世界」・「核兵器のない世界」を目指す原点の日としてまいりたいと思う。

今年も世界的な核廃絶のための行動がさまざま展開された。NPO再検討会議、6カ国協議の進展など期待をよそに、いずれも困難をきたしている状況です。しかし、悲観的にならず、今後も粘り強く行動していかねばならないと思う。7月23日から広島では、核兵器廃絶と平和をめぐり科学者が意見を交わすバグウォツシュ会議が開催された。

また、原爆被害・体験などの調査研究の中で新事実も発見され実証的再構成がなされています。正しく歴史を認識し、未来へ向けて国の役割、個人のあり方を見つめていかなくてはなりません。平和の理念のマンネリ化、空洞化をつくるわけにはいきません。

いまこそ、世界に「ヒロシマ・ナガサキ」からのメッセージを強く発信すべきであります。人間の尊厳、人権・民族間の平等といった共通認識を持ち互いの立場で対話していくソフトパワーが有効であります。個人においても、常に平和認識が再生産されなければなりません。

「一人ひとりの心の中に平和の砦を築く」ことが必要です。私も、人の心の痛みがわかる、一人の人を大切にすることを基本に、どこまでも平和と人間主義の政治を目指して行きたい。


夢を求めて歩き続けた人生
2005/01/25

3年前、アメリカ議会図書館で発見され、伊能忠敬たちが作成した日本図『伊能模写大図』展が 本年1月22日から2日間に亘って、幕張メッセで開催された。

昨年、全国を回り大きな反響を呼んだこの展示会が、千葉へ里帰りすると聞きこの日を楽しみにしていた。当日、メッセ会場内の1階フロアーには、ビニールで覆われた伊能大図が南北18m東西13mに敷かれ、その上を大勢の人達が屈みこむように覗いていた。私もまず「千葉県」の場所へ、そして故郷「広島県」へとわずか25歩程度でたどりつき、縮尺から計算して目の高さ、つまり、高度約5万kmからの眺めは貴重な体験となった。

聞くところによると伊能大図というのは、伊能忠敬が中心となり作成、1921年(文政4年)に完成した日本地図のうち、縮尺が3万6千分の1のもので、日本を全部で214面の地図でカバーし 正本・副本もすでに焼失してしまい現存せず、模写しているものだけが残るのみで、その内207枚をアメリカ議会図書館が所蔵、その他国内にあったものを加え、一挙展示したもので、これまで日本では実現できなかった大変な催しとなったわけである。

言うまでもなく、伊能忠敬は、1745年 千葉県九十九里で生まれた、我が県出身の偉人の一人である。隠居後49歳からの第二の人生を日本地図作成という大きな仕事に賭けたのである。50歳から天文方・高橋至時の弟子となり、第1次測量が55歳、それから亡くなる2年前の第10次測量までの間73歳の人生を全うするまで 歩き続けた人生と言える。

想像するに、全国の海岸線を歩き、山・川を越え測量という地味で粘り強い作業を日中のみならず、夜も天文測量を行いながら、後世の人々が驚くほど正確で日本全体という広大な地図を作りあげたのである。何故、困難ともいえるこの道を選びそして歩き続けたのか、心身ともに強健でなくしてはなしえなかったわけだが、信念のような人間の底力を感じる。使命の道に生きる大偉業であった。どこまでも、私たちに歴史の夢とロマンを与えてくれる。

春 到来、外の風がさわやかに感じる季節、私も地域を歩き、多くの人との対話を重ね、課題解決のため「一歩でも前進する」挑戦の日々でありたい。


「政は正なり」の声
2004/11/20

政治の道を歩んで二年目をむかえる、議員活動を通して、又、日常活動の中で思うことは、政治家としてのあるべき姿である.政治家である以前の問題等で、社会的責任を問われる報道を見るに付け残念でならない。

何期も経験を積みながら、権力欲、放漫,自分本位に陥る政治家は,選挙民だけでなく、子どもたちの眼から見ても政治への信頼を失墜させるものである。

憲政の闘士 尾崎行雄は、「政治家のあるべき道は、『良心に聞く』ことだ。自分本位になってしまつては、人間はおしまいだ。」と言う。そして、彼が愛した言葉は、「政は正なり」であつた。(論語【政治とは、正義を為すことであるとの意味】

憲政の父にとって政治を健全にする鍵は、政治家の「振る舞い」であつた。どんなに素晴らしい主義を掲げても、その「主義」を生かすも殺すも「人物しだい」と言うことである。

道徳的勇気を持って、自らの振る舞いを正していきたい。


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